2008年09月28日

足慣らしは焼岳で



所属する山登りの会から、久々に登山の案内状が届いた。
秋の似合う山ばかりを選び、ガイドブックにある所要時間に一時間ほどプラスして、
無理のない四つの登山を計画したというものである。


この会は、元々、商店街の有志が集まって立ち上げた山登りの会であるが、
その原点は、昔、高山にあったという 「山刀(さんと)」 という会の名をもじったものである。
若山牧水と親交のあった福田夕咲や、代情山彦など、名だたるインテリ達がそのメンバーであった。

ちなみに、われ等の三斗(さんと)倶楽部は、
山に登り、一年間で三斗ぐらいの酒を呑もう・・・という意味で、名づけられたものである。
老若男女は問わないが、メンバーの最低条件は、酒が呑めるということである。

■1年に一度インドより入荷する豚皮の手縫いバッグ。
持てば持つほど、手に馴染んでいくように皮の色はダ-クブラウンに変化する。私の小旅行には欠かせない存在である。










10月7日の初回は、焼岳である。

案内状には、登り約三時間十五分、下り約二時間十分を要する「そこそこの山」と書いてある。
後半に計画されている、雨飾山(あまかざりやま)や、荒島(あらしま)岳(だけ)に比べれば、
ほんの足慣らしに過ぎぬ山だというのである。

しかし、私にとっては、未知の山である。
足慣らしなどと、軽くあしらうことなど、決して出来ない処女峰である。

その山には、ナナカマドの紅葉と噴煙がある。
俯瞰する上高地の風景がある。
対峙するアルプスの峰々がある。
果てなく広がる空がある。     花は枯れて種を落とし、雷鳥は、白い衣に着替えているだろうか。        
  
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2008年09月21日

蟹工船

  




  <政治屋の仕掛けし罠と子は言ひぬ「蟹工船」のベストセラーは>

私はこの頃、娘達からいろいろなことを教えられる。
まるで親子の立場が逆転したかのようである。

小林多喜二の「蟹工船」が、
ワーキングプアと呼ばれている若者達の間で、ベストセラーになっていることを教えてくれたのは長女であった。
また、そのことが、或る政党の勢力拡大の為の仕掛けであることを教えてくれたのは、次女であった。


■俳優の講演会に連れ立った洒落た友人が穿いていたパンツがインドネシアのイカット(絣)で、久しぶりのその魅力に触れた気がした。このインディゴ染めの昼夜織りの布はフローレンス島のもの。






小林多喜二は、官憲の拷問により虐殺されたプロレタリア作家であるが、今、なぜ、その「蟹工船」がベストセラーなのか。
次女の話にも頷けるし、漫画本を読んだという長女の話にも説得力がある。

いずれにせよ、現代社会の歪や矛盾を思えば、その理由は押して知るべしである。

暗い話は、なるべく早く切り上げたい。
拙い歌であるが、今の心境を一首に託し、「蟹工船」から逃れたいと思う。


    <認識のなき吾なれどもしかして搾取の側かもそうかも知れぬ>






  
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2008年09月15日

転がり月

私の店で売っている「月」のカレンダーには、毎日の月の形が克明に記載されている。
フルムーンとニュームーンが月に一度づつあり、その日がいつなのか、このカレンダーでは、一目瞭然である。

中秋とは陰暦8月の異称であるが、カレンダー通り、昨夜は中秋の名月であった。


ススキやお団子を供え、月を仰ぎながら、相聞の歌の一つでも・・・・・などと思ったが、
その余裕がないのが現実であった。



■丸い布を縫って縮めて作るヨーヨーはパッチワークの手法のひとつ。
 タイシルクのヨーヨーをつなぎ合わせて仕立てたスカーフ、あえて白の、単色のものを選んだらモダンに。







しかし、行き付けのカフェで今朝、その名月に関する面白い話を聞いた。

少し言葉の不鮮明な常連のT氏がいつものように私の隣席に座られ、いきなり、
「恋しくて恋しくて貴女に会いたい転月の丘」などと、呟かれたのである。

「何ですか、それ、俳句ですか」と、私。
「俳句ではない、短歌や」と、T氏。

「リズムが悪いし、字足らずやけどそれって短歌なんですか」

「そういえば、後の方に何かが付いとったような気がするなあ。
ゆうべ、山梨の転月の里へいったら、フラメンコの踊りやら、月見の歌会やらいろんなことをやっとって結構面白かったが、
この恋しくての歌は、その歌会の一席に選ばれとったんやさ」

T氏の長閑さに思わず笑ってしまったが、私は、久しぶりに、母を想った。

山の端から出た月が、その稜線に沿うように上り、ころころと転がっていくように見えるので、
その里から見る月を「転がり月」と呼ぶのだと教えてくれたのは母であった。

母は、半世紀以上を戦争未亡人として過ごした恋多き人であった。



  
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2008年09月09日

二度目だけど

 <二度目だけどやっぱりいいねと囁きて
               花火の夜に呑む「空」といふ酒>


「今年も是非どうぞ」と誘う友がいて、馬瀬川の花火大会に出掛けた。

二度目だから去年のような新鮮さはないだろうと思っていたが、
どうしてどうして、「来て良かったね」と、同行の友と囁きあうほどの夜であった。

今年は二十周年ということで、寄付金も多めに集まり、その分、豪華であったのかもしれない。
また、去年の自分と今年の自分とでは、感覚的にも、感慨にも、微妙な相違があるからであろう。

 去年はこの花火で、亡夫の歌を一首詠んだ。
自分ばかりが愉しい思いをして悪いというような思いが、三十年となる寡婦の心に染み付いているのだろうか。



コロコロ・ポコポコ・・・・・なんとも牧歌的で形容しがたく、穏やかで心温まる音色のインドの木製カウベル。
 何度仕入れても、素材に力のあるものは飽きることがない。










 しかし、今年は、別の感慨を抱いた。大道あやの「花火」の絵を見たからだ。
それは、色とりどりの花火が画面いっぱいに広がり、その下の流れに、たくさんの魚が泳いでいるという絵である。

花火師の夫を花火で失い、六十歳になってから一念発起して画家になった人である。
遅い出発にも勇気を頂いたが、その絵のなんともいえない愛らしさに私は惹かれた。
その愛らしさは、何処からわき上がるものなのだろうか。

 馬瀬川の流れにも、花火の音や色や光に歓喜して、或いは怯えて、たくさんの魚が泳いでいるに違いない。
私は、去年は思いもしなかった魚の姿に思いを馳せたのであった。 
 
 












  
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2008年09月01日

カイトウさんとサイトウさん

民芸品や工芸品を扱う私の店では、ここ五年ばかり、面白いものや個性的なものなど、
生活空間を楽しく彩る商品が余り売れなくなっている。
廉価なものであればよしとする潤いのない暮らしが蔓延しているのだろうか。

それでも、月に一、二度ではあるが、個性的なものを求めてご来店になるお客様がある。
今日は、そんな日であった。

先ず、最初にカイトウさんがご来店になり、
「ミティーラ」と呼ばれる絵を買って下さった。

それは、ここ五年ばかり、誰にも注目されない商品であった。
ネパ‐ル南部から北印度の国境付近にかけて住むマイタリー族のアートであり、
巨匠ピカソの絵にも似て伸びやかで楽しげなもので、手漉き紙に描かれている。

次にご来店下さったのは、サイトウさんである。

サイトウさんは、アフリカの泥染め布のコピーと、キャメルランプを買って下さった。
コピーではあるが、黒と白の幾何学模様のこの布に注目されるのは、かなりのセンスの持ち主である。
また、キャメルランプは、駱駝の内臓の皮膜から作られたものである。これも、久々に売れた商品であった。

■ペルーのFinger dollはひとつひとつ手編みで作られたもの。
 男に女、牧師、リャマやコンドルもいるが、ライオンやこうもりもいて、両手足の20の指にはめてもまだまだ足りないようだ。







 自分がよしとして仕入れたものが売れた日は、
世の中が、少し良い方向に向かっているような嬉しい気分になるのである。

その後にご来店になったペアのお客様も、石鉢と五徳を買って下さり、今日は、最後まで気分の良い日であった。
げんかつぎではないが、最初のお客様で、
その日に売れる商品の方向性のようなものが決まるような気がするのである。

カイトウさんとサイトウさんのお蔭か、
今日は、久々に良いものが売れた日であった。
こだわって生きることの大切さを、お客様に教えて頂いた楽しい日でもあった。






  
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