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<title>ド・ゴール空港のうさぎ</title>
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<description>君を待つ朝　　・　異国　　・　　花の私語　　</description>
<language>ja</language>
<pubDate>Wed, 14 May 2008 13:34:11 +0900</pubDate>
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<title>哀れな蟇</title>
<description>　いつも行く喫茶店での、今朝の話題は姦通罪と蟇であった。なぜ話がそこに至ったかは省略するとして、いつものように、その場の雰囲気で、唐突に飛び出した話題であったかも知れない。　隣国韓国では、日本の統治下にあった当時の法律がそのまま今も存在し、有名な女優が、その夫に訴えられ、姦通罪が成立したというのが皮切りであった。　どの程度までが姦通なのか、口角泡を飛ばしながら会話は盛り上がり、結論が出ぬまま、話は姦通罪から、哀れな蟇（ひき）の話に移行したのであった。■白い木綿のシンプルなカーテンに施された刺繍、　光を通すとその対比が楽しい。　冬の室内に灯る小さな火のよう。山や溝などの暗くて湿気のある場所にのっそりといきている蟇（ひき）の話である。飛騨では、「ドウサイ」とか、「ドウシャ」とか呼んでいるが、見るからに醜くく、哀れさを催さずにはいられない生き物である。姦通罪などと色香の世界を話題にする人間の華やかさに比べれば、蟇の人生、いや、一生は、なんと哀れであろうか。とっさに醜い蟇の姿が浮かび、話がもりあがったのは、その姿態からくる鈍重なイメ‐ジに触発されたのかもしれない。T氏曰く、「子供の頃、小便をかけてやったことがある」Ｋ氏曰く、「小便をかけるとオチンチンが腫れるといわれたよ」Ｏ氏曰く、「あの醜さとのろまなイメージの代償に、蟇には蟇にしかない格別な愉悦があるのかもしれない。　　　　　　　　　　　　　　例えば子作りとか」Ｈ氏曰く、「鳴き声も濁声だし、あれほど哀れな生き物はない。蟇にだけは生まれたくない」最後は、それぞれ、溜息交じりに「可愛そうな蟇」と、呟いたのである。私は、ふと、シラノドベルジュラックを思い出した。ロスタンの戯曲にある、醜い鼻を持つ剣客シラノの、従妹ロクサーヌに対する悲恋の物語である。夜毎、ロクサーヌの部屋の窓辺に近付き愛の言葉を囁いた男の姿である。人は、己にないものを求める。醜い風貌の男は、美貌の女に惹かれ、無学な女は、知的な男に惹かれる。それが、悲劇の始まりだとも気付かずに・・・。そこで、一首。　　　　　　　　　ロクサ‐ヌの気分にて聞きし夜もありき　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　冬眠したる蟇のだみ声</description>
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<pubDate>Mon, 22 Dec 2008 12:02:45 +0900</pubDate>

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<title>狂</title>
<description>派遣社員ばかりか正社員までが、首切りの対象になりだしたという。先日訪れた東京・品川では、米国企業の傘下であったホテルが廃業に追い込まれ、そこで働いていた人達がそのホテルの存続を訴えてビラを配ったり、街頭演説をしたりしていた。通りすがりの旅人である私の耳にも、彼らの必死の叫びが聞こえ、わけも無く切なくなった。数えあげたら、きりもないほどに、破綻の現実は眼前に迫っている。日本は言うに及ばず、世界中の経済が、一気に狂ってしまったのである。そうした厳しい現実を充分弁えてはいるが、この１２月、私は７つの忘年会に参加することにした。■アンティークの袋帯の織り柄にひとつひとつ、刺繍を施したアートワークは自社shopのオリジナル。様々なビーズがバランスよく散りばめられどの部分を見てもとても美しい。その中の一つのグル－プの幹事さんがつい先程、一枚の色紙を持ってこられた。何か歌の一首でも書かなければならないのだろうか・・・・・と、思案していると、幹事さんは、今年一年の世相を振り返って、どんな漢字を思い出すか、漢字一字に書いていただきたい・・・というのである。咄嗟に脳裏を掠めたのは、「狂」の一字であった。これは、日本漢字能力検定協会が実施する行事で、毎年、１２月１２日に発表されるらしい。もし、該当していれば、ささやかな景品を、１６日の忘年会に進呈するというのである。私は、色紙に、大きく「狂」と書いた。そして、これしかないと思った。　　　　　　</description>
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<pubDate>Sat, 06 Dec 2008 13:51:04 +0900</pubDate>

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<title>鞄が動いた</title>
<description>この１０月から１１月にかけて、頭がおかしくなるほど旅が続いた。その所為か、落ち着きの無い軽率人間になってしまったような気分である。毎日がなんとなく気だるく、地に足が着かない感じである。魂だけが勝手気侭に浮遊しているあの世の人になってしまったような感じでもある。確かな認識の無いまま、そんな輩になってしまったのかも知れないと、頬を抓り、足を見た。足は健在であった。そんな旅ではあったが、面白いことも多々あり、やはり、旅に出なければ・・・とも思ったのである。娘がコーディネートを行った鳥羽の宿に宿泊した帰途、時間に余裕があり、それなら伊勢神宮にでも・・・・と、近鉄線の電車に乗り込んだ。鳥羽から伊勢までの間に「朝(あさ)熊(ま)」という駅がある。徳川家康の六男として生まれた忠輝が、蟄居を命じられた朝熊山のある場所である。同じ家康の子でありながら、将軍とは打って変わり、己が身が幕府の厄介者であり、咎人同様の目で見られることに悲しみを感じていた忠輝は、その後、再び、配流になった。配流先は、親友が大黒様をしている高山市の天性寺である。■スペイン・グラナダの大鉢はざくろの絵がのびのびと描かれている。バイヤーが一軒一軒、訪ね歩きこれだ、と直感で選んだ工房で焼いてもらった・・・という話を聞いて、私がオーダーしたもの。ずっと売れなくても何も気にならないお気に入り。そんなことを思いながら瞑目していると、電車は、その朝熊の駅に停車した。その時、私は、多少の縁を感じるその駅名を指さしながら、娘に、ここから、忠輝という人が高山の天性寺に配流されたのだと説明した。私の呼びかけに応じた娘が窓の方を振り向いた時、旅行鞄が動き出した。あっ！と声をあげた時、キャスタ－付きの鞄は、斜め向こうの座席の男性に受け止められていた。これは、配流である。配流の話をしている時に娘の鞄が、動き出したのは、偶然の出来事であるが、私は、因縁めくものを感じた。電車は水平でなく、駅の反対の方向に、傾いていたのである。私は、その偶然がとても楽しかったが、その朝熊から、さらに山深い飛騨に配流され、蟄居を命じられた忠輝の心境は如何ばかりであったろう。容姿の優れぬ六男坊は、さぞ、運命を呪ったことであろう。　　　　　　</description>
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<pubDate>Sun, 23 Nov 2008 13:55:16 +0900</pubDate>

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<title>マダム　ノムコ</title>
<description>１１月８日の土曜日は大安であり、各地で結婚式があった。私も友人の長男の結婚式に招かれ、マイクロバスに揺られて名古屋まで出掛けた。ホテルには、神社もあり、チャペルもあり、様々な二ーズに対応できるのだろう。親族も友人も全員が参列して、一部始終を見守るというチャペルでの結婚式は、「結婚は神との契約」という点で、当然の仕儀なのだろう。「病める時も健やかな時も汝は汝の夫を愛しますか」などと、牧師が言い、「はい、私は・・・・・」などと答えるのを聞きながら、私は、＜えっ！そんな約束は出来ない＞と、思ったのであったが、初々しい二人にしてみれば、雑念もなく、「ハイ」と答えることが出来るのだろう。「フラワ－シャワ－に使ってください」といって係の女性が配ったのは、薔薇の花びらであったが、匂いの無いごわごわした手触りの造り花であった。回収して別の挙式にも使うのだろうか・・・・などと、素朴な疑問を抱いた。■ぼんやりとした灯りが暖かなパキスタンのキャメルランプ。ラクダの皮を伸ばして加工したものに、毎年違う可愛らしい素朴な絵柄が伸び伸びと描かれて届く。午後三時、披露宴が始まった。私の席は、親友Ｙ嬢とI氏に挟まれた＜松＞のテ－ブルである。新郎の父の友人が７人、オ－ストラリアの男性２人（新郎のホ－ムスティ先の人）、カナダの男性１人（一緒にホ－ムスティした青年）の計１０人。宴もたけなわとなり、新郎側を代表して挨拶をした友人のＮ氏が、テ－ブル内での自己紹介を提案した。その際、私は、N氏の流暢な英語に驚いた。流石、報道社会で鎬を削ってきた男である。恐らく、ドイツ語も中国語も堪能なのだろう。自己紹介といわれて、私は咄嗟に一番乗りを思いついた。未だ独身だという二人の外人男性に、私も独身だと告げた後、漢字で書かれた名札を示し、「マダム宣子」と言ったのである。否、言ったつもりであった。あの時、私の舌をもつれさせたのは何者であったのか、私は、「マダムノムコ」と言ってしまったのである。しかし、友人達は、私が考え出した洒落だと捉えたのである。「マダム呑む子」と捉え、一座の笑いを誘い、喝采を浴びたのである。嗚呼、また、一つ、綽名が増えてしまった。此の頃、言葉がすらすら言えず、舌がもつれて戸惑うことがある。加齢現象の一つなのだろうか。　　　</description>
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<pubDate>Mon, 10 Nov 2008 15:59:00 +0900</pubDate>

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<title>東慶寺と駆込女</title>
<description>　高校時代のクラスメート６人と鎌倉の町を歩いた。気に掛けていながら機会がなく、この歳にして初めて訪れた町であった。あの世とこの世が一つの場所に混在しているような鎌倉の町に魅せられた私は、この町に住むことが出来ないものだろうか・・・・と、しばし考えた。　　　　　　　北鎌倉の円覚寺を皮切りに八つの寺社を巡ったが、どの寺にも手入れの行き届いた庭園があり、墓地があり、地蔵が並び、いわくありげな碑が立ち、風に騒ぐ木立があり、花々があった。紫陽花寺の異称がある名月院での事。友がいきなり、「誰と来たい？」と、私の目を覗きこんで、声を掛けてきた。心の底を浚うようなその目に、一瞬たじろいだが、私は小声で、「秘するが花」　と応えた。■金属製の白い花のガーランドを紅葉した蔦の葉のリースに絡め、同じく金属の小鳥をそこに留まらせてみた。　自然なのとそうでないもの、異素材同士の奏でる音楽のような楽しいディスプレイ　　　　駆込寺、または、縁切寺とも呼ばれている東慶寺にもお参りした。ツルヒメソバやリンドウ、ホトトギスなどの花が咲き、ジンジャーの白い花が咲いていた。この寺には、歌人の四賀光子や、作家の田村俊子が眠っている。「いいなあ、鎌倉に住みたいなあ」　私は、思わず呟いた。「あんた、あの人みたいに草むしりをしてこの寺に置いてもらいないよ。そうや、駆け込み女になりないよ。」友が指さす女は、地を這うようにして草をむしっていた。私は、むっとして友に言った。「そんな人になるために生まれてきたんでないさ」・・・・・と。　　　二泊三日の旅は、最後を東京で締めて終わった。思えば、わが来し方に似て瞬く間に過ぎた旅であった。　　　　夫の棲む黄泉がこの世にあるようなそんな気がする鎌倉の町「誰と来たい？」といきなり吾が目を覗く友、名月院の坂下りつつ小声にて「秘するが花」と答へたり恋は丸秘ぞ内緒の内緒「駆込寺」に駆け込んだらと友が言ふ鎌倉が好きと呟く吾に</description>
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<pubDate>Mon, 03 Nov 2008 15:55:18 +0900</pubDate>

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<title>この坂を越えたなら</title>
<description>またまた山の話で恐縮だが、１０月２１日午前３時半、夜陰に紛れて高山を出発し、長野県の小谷(おたり)温泉にある雨飾山を目指した。標高は、１，９６３メートルであるが、一気に高度を稼ぐ垂直に近いようなその山道に、引き返す人も多いという。前回の焼岳など赤子のようなもので、今回は比較にならないほどハードな山だ、という登山家諸氏の口ぶりもあり、私は暗に、「あなたは止めておいたほうがいい」と釘を刺されているような気がして、「やっぱり止めておこうかなあ」と、深刻に考えたのであった。地獄のように辛い山だという先入観を植え付けられて、それを想像し、その地獄に浸り切る覚悟を決めて、「参加」と決めたのは、その前々日であった。■毎年、この季節に届くネパールのフェルトの小物たち。バッグ・ストール・ミトン、そしてこの室内履き。　小椅子に乗せて　案の定、挑戦をあきらめて引き返す人にも出会い、私はアラスゲ沢と呼ぶ沢の辺りで、その山頂を見上げ、地獄に突入する意志の有無を確認したのであった。まだ、確かな登山ルートのなかった頃、三度目の挑戦で、山頂を極めた深田久弥は、「日本百名山」の中で、「幾度か登り損ねたあげく、ようやくその山頂を得た方がはるかに味わい深い」と語り、その山頂を、「久(きゅう)恋(れん)の頂(いただき)」という言葉で表現している。私は、「この坂を越えたなら、幸せが待っている」などと、演歌の一節を唸り、地獄のような山道を乗り切ったのである。そして、覚悟と気力こそ、王道だと悟ったのである。　</description>
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<pubDate>Sun, 26 Oct 2008 11:43:10 +0900</pubDate>

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<title>安楽島の宿</title>
<description>「魚介の嵐」と娘が表現するように、その宿の料理は、普段口に出来ないような魚や貝が出て、見た目にも、また、量的にも圧倒されるものがあった。表現は悪いが、山国育ちの私には、「まるで魚介の責め苦に会っているような」などと、オーバーな表現を試みたくなったほどである。中でも伊勢海老は、船盛、焼き物、洋皿、蒸し物などと、姿や形を変え、器を変えて登場した。つい今し方、責め苦などと罰当たりな表現をしてしまったが、その宿で過ごした夜は、私にとって、近頃にない幸福な一夜であった。美味なるものを食して、幸福な気分になるのは、単純で単細胞な私の性分であろうか。娘と二人、熱燗の酒など呑みながら、魚介の嵐に舌鼓を打ち、「幸せ、幸せ」　などと、口走ったのである。■つま先に向かって尖り、上を向いたデザインが楽しいこの靴はKhussa（クッサ）と呼ばれるインド式の靴で素材にはラクダの皮などが用いられている。無国籍な、小さなバーでも営んでいたら、店の名を書き込んで看板代わりにドアに取り付けたい。娘がコーディネートを手がけたその宿は安楽島（あらしま）という場所にあり、かつて、九鬼水軍が支配していた鳥羽湾を見下ろす小山の上にあった。海辺の所為か、周辺の島々は、その呼び名にも特徴がある。例えば、＜相差＞は、おうさつと読み、＜答志＞は、とうせと呼ぶ。＜石鏡＞は、いじかであり、＜国崎＞はくざきと呼ぶ。センスが問われる娘の仕事への意欲を垣間見た旅であり、宿のオーナー夫妻の感謝を込めた饗応を、「魚介の嵐」などと喩えた贅沢な旅でもあった。　　　　　</description>
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<pubDate>Sun, 19 Oct 2008 16:36:38 +0900</pubDate>

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<title>ハイヒールで上高地へ</title>
<description>毎朝通うカフェの前で、デジカメのシャッターを切る、不思議な女に出会った。ハイヒールを履き、婦人雑誌のモデルのような装いだが、骨格が太く、足も太い。もしかしたら外人さんかもしれないと思ったが、顔のつくりはアジア系である。カフェの前の国道に堂々と白い乗用車を止め、ゆっくりコーヒーを飲むその度胸にも驚いたが、バックからコンパクトを取り出し化粧に余念がないのも不思議といえば不思議である。近頃余り見かけないタイプの女である。女がトイレに入った隙に「今の女の人、外人さんですか」と、カフェのママさんに聞いてみた。その抜群の明るさで人気のママさんは、手をしなやかに頬に寄せて、女が「オカマ」であることを教えてくれた。「なるほど、納得、納得。」全てが腑に落ちた。一瞬にして、謎が解けた。■横浜でデザインされ、ネパールで製作されるコサージュはフェルト特有の柔らかさと、暖かさで、溶けてしまいそうなほど甘い印象である。胸元に、そしてバッグにそっと、一輪の花を生けるかのように付けてみる。私は、まじまじと女を見た。いや、男を見た。男は、ヒロシマから来たのだと話した。そして、このカフェに入ったのは、直感的にコーヒーが美味しいところだと思ったからだという。高山に来る前は白川郷に立ち寄り、そこで飲んだコーヒーも美味しかったと語ったのである。　「もしかして、そのカフェは灯り屋さん？」と、私は彼に聞いた。「あらそうよ、よくご存知ね。ここも美味しいけど、其処も、もう、最高に美味しかったのよ。あたしの感は鋭いのよ。」友人である村長の娘が営むカフェだとまでは言わなかったが、私は、急にそのオカマに親近感を抱いた。見れば男そのもののオカマであるが、女そのものを演じきっている。まるで、演じているのを楽しんでいるようだ。「あたしこれから上高地へ行くのよ」私は、その人に、平湯からのシャトルバスのことを教えた。その人は、堂々と胸を張り、明るく笑って外に出た。　一見して、違和感のあるその人は、ハイヒールで、上高地を歩くのだろうか。私は、ミスマッチな光景を思い浮かべた。その時、臨席にいた常連のＴさんが声をあげた。「憲兵だ。憲兵だ。昔なら憲兵に連行されるぞ。おかしい世の中になったもんや」　　Ｔさんは男女を問わず、茶髪の人間が虫唾が走るほど嫌いなのである。ましてや、ニューハーフなど、理解の範疇を越える存在なのだ。　しかし、私は意外にさわやかな風を残してさった男に、もう一度会ってみたいと思ったのである。　　　　　　　　　　　　　　　</description>
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<pubDate>Mon, 13 Oct 2008 15:14:11 +0900</pubDate>

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<title>トムのホットワイン</title>
<description>１０月７日の火曜日、焼岳に登った。三斗倶楽部に所属する、男女あわせて７人での山行であった。朝方、少し雨がちらついたようであったが、その後はその気配もなく、緩やかな風の吹く過ごしやすい一日であった。曇り空のようであるが、周りの山々は全てよく見え、日焼けするかもしれないというような危惧もなく、絶好の登山日和であった。ナナカマドの紅葉も、今がピークかと思われるほどで、緑の笹原に美しく映えていた。赤と緑のコントラストの妙に酔いながら、「綺麗」だとか「美しい」とか、だれかれとなく、幾度、口にしたことだろう。「無理をしない」　がモットーの山登りの会であるから、上りも下りも何箇所かで小休止をしながら歩くのであるが、その都度、軽い飲み物を飲んだり、果物や菓子などを食べたりする。上りの休憩で、最初にさしだされるのがホットワインである。■角・丸・三角と様々な形のこの木片は長年の使用のせいか、柔らかく磨かれて手に握ると暖かい。　これはパキスタンの生活道具・・・実は＜羊の名札＞である。　このホットワンは、スイス人のトムのお手製であるが、作り方をなんど聞いても、だれが作っても、なかなか、トムのような味にはならないのである。これは、トムにしか作れないホットワインなのである。　「みんな、僕のことより、ホットワインを待っているみたい」いつだったかトムがそんなふうに嘆いていたことがあったが、この会の山登りに欠かせないのが、トムのホットワインなのである。十年も前から、山登りには、学校を休ませて参加させていたトムの子供たちも随分、大きくなった。長男は身長１８０センチを越え、次男もすでにトムの背丈を越したという。愛らしかった末っ子の長女も、中学一年になり、２４・５センチの靴を履くという。トムの髪にも、白いものが目立ちはじめた。　しかしあの頃と少しも変わらないのは、トムのホットワインである。轟々と音をたてて立ち上がる焼岳の噴煙は、深田久弥の言葉を借りれば、「次に打つ手を考えている」ような様相である。美しいナナカマドの紅葉に陶酔し、噴煙の恐ろしさにひれ伏し、トムのホットワインの味に和んだ、不思議な焼岳の一日であった。　　　　　　</description>
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<pubDate>Thu, 09 Oct 2008 17:34:36 +0900</pubDate>

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<title>足慣らしは焼岳で</title>
<description>所属する山登りの会から、久々に登山の案内状が届いた。秋の似合う山ばかりを選び、ガイドブックにある所要時間に一時間ほどプラスして、無理のない四つの登山を計画したというものである。この会は、元々、商店街の有志が集まって立ち上げた山登りの会であるが、その原点は、昔、高山にあったという　「山刀(さんと)」　という会の名をもじったものである。若山牧水と親交のあった福田夕咲や、代情山彦など、名だたるインテリ達がそのメンバーであった。ちなみに、われ等の三斗(さんと)倶楽部は、山に登り、一年間で三斗ぐらいの酒を呑もう・・・という意味で、名づけられたものである。老若男女は問わないが、メンバーの最低条件は、酒が呑めるということである。■1年に一度インドより入荷する豚皮の手縫いバッグ。持てば持つほど、手に馴染んでいくように皮の色はダ－クブラウンに変化する。私の小旅行には欠かせない存在である。１０月７日の初回は、焼岳である。案内状には、登り約三時間十五分、下り約二時間十分を要する「そこそこの山」と書いてある。後半に計画されている、雨飾山(あまかざりやま)や、荒島(あらしま)岳(だけ)に比べれば、ほんの足慣らしに過ぎぬ山だというのである。しかし、私にとっては、未知の山である。足慣らしなどと、軽くあしらうことなど、決して出来ない処女峰である。その山には、ナナカマドの紅葉と噴煙がある。俯瞰する上高地の風景がある。対峙するアルプスの峰々がある。果てなく広がる空がある。　　　　　花は枯れて種を落とし、雷鳥は、白い衣に着替えているだろうか。　　　　　　　　</description>
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<pubDate>Sun, 28 Sep 2008 20:22:39 +0900</pubDate>

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<title>蟹工船</title>
<description>　　　　＜政治屋の仕掛けし罠と子は言ひぬ「蟹工船」のベストセラーは＞私はこの頃、娘達からいろいろなことを教えられる。まるで親子の立場が逆転したかのようである。小林多喜二の「蟹工船」が、ワーキングプアと呼ばれている若者達の間で、ベストセラーになっていることを教えてくれたのは長女であった。また、そのことが、或る政党の勢力拡大の為の仕掛けであることを教えてくれたのは、次女であった。■俳優の講演会に連れ立った洒落た友人が穿いていたパンツがインドネシアのイカット（絣）で、久しぶりのその魅力に触れた気がした。このインディゴ染めの昼夜織りの布はフローレンス島のもの。小林多喜二は、官憲の拷問により虐殺されたプロレタリア作家であるが、今、なぜ、その「蟹工船」がベストセラーなのか。次女の話にも頷けるし、漫画本を読んだという長女の話にも説得力がある。いずれにせよ、現代社会の歪や矛盾を思えば、その理由は押して知るべしである。暗い話は、なるべく早く切り上げたい。拙い歌であるが、今の心境を一首に託し、「蟹工船」から逃れたいと思う。　　　　＜認識のなき吾なれどもしかして搾取の側かもそうかも知れぬ＞</description>
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<pubDate>Sun, 21 Sep 2008 17:25:44 +0900</pubDate>

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<title>転がり月</title>
<description>私の店で売っている「月」のカレンダーには、毎日の月の形が克明に記載されている。フルムーンとニュームーンが月に一度づつあり、その日がいつなのか、このカレンダーでは、一目瞭然である。中秋とは陰暦８月の異称であるが、カレンダー通り、昨夜は中秋の名月であった。ススキやお団子を供え、月を仰ぎながら、相聞の歌の一つでも・・・・・などと思ったが、その余裕がないのが現実であった。■丸い布を縫って縮めて作るヨーヨーはパッチワークの手法のひとつ。　タイシルクのヨーヨーをつなぎ合わせて仕立てたスカーフ、あえて白の、単色のものを選んだらモダンに。しかし、行き付けのカフェで今朝、その名月に関する面白い話を聞いた。少し言葉の不鮮明な常連のT氏がいつものように私の隣席に座られ、いきなり、「恋しくて恋しくて貴女に会いたい転月の丘」などと、呟かれたのである。「何ですか、それ、俳句ですか」と、私。「俳句ではない、短歌や」と、T氏。「リズムが悪いし、字足らずやけどそれって短歌なんですか」「そういえば、後の方に何かが付いとったような気がするなあ。ゆうべ、山梨の転月の里へいったら、フラメンコの踊りやら、月見の歌会やらいろんなことをやっとって結構面白かったが、この恋しくての歌は、その歌会の一席に選ばれとったんやさ」T氏の長閑さに思わず笑ってしまったが、私は、久しぶりに、母を想った。山の端から出た月が、その稜線に沿うように上り、ころころと転がっていくように見えるので、その里から見る月を「転がり月」と呼ぶのだと教えてくれたのは母であった。母は、半世紀以上を戦争未亡人として過ごした恋多き人であった。</description>
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<pubDate>Mon, 15 Sep 2008 16:12:44 +0900</pubDate>

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<title>二度目だけど</title>
<description>　＜二度目だけどやっぱりいいねと囁きて　　　　　　　　　　　　　　　花火の夜に呑む「空」といふ酒＞「今年も是非どうぞ」と誘う友がいて、馬瀬川の花火大会に出掛けた。二度目だから去年のような新鮮さはないだろうと思っていたが、どうしてどうして、「来て良かったね」と、同行の友と囁きあうほどの夜であった。今年は二十周年ということで、寄付金も多めに集まり、その分、豪華であったのかもしれない。また、去年の自分と今年の自分とでは、感覚的にも、感慨にも、微妙な相違があるからであろう。　去年はこの花火で、亡夫の歌を一首詠んだ。自分ばかりが愉しい思いをして悪いというような思いが、三十年となる寡婦の心に染み付いているのだろうか。■コロコロ・ポコポコ・・・・・なんとも牧歌的で形容しがたく、穏やかで心温まる音色のインドの木製カウベル。　何度仕入れても、素材に力のあるものは飽きることがない。　しかし、今年は、別の感慨を抱いた。大道あやの「花火」の絵を見たからだ。それは、色とりどりの花火が画面いっぱいに広がり、その下の流れに、たくさんの魚が泳いでいるという絵である。花火師の夫を花火で失い、六十歳になってから一念発起して画家になった人である。遅い出発にも勇気を頂いたが、その絵のなんともいえない愛らしさに私は惹かれた。その愛らしさは、何処からわき上がるものなのだろうか。　馬瀬川の流れにも、花火の音や色や光に歓喜して、或いは怯えて、たくさんの魚が泳いでいるに違いない。私は、去年は思いもしなかった魚の姿に思いを馳せたのであった。　　　</description>
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<pubDate>Tue, 09 Sep 2008 17:50:45 +0900</pubDate>

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<title>カイトウさんとサイトウさん</title>
<description>民芸品や工芸品を扱う私の店では、ここ五年ばかり、面白いものや個性的なものなど、生活空間を楽しく彩る商品が余り売れなくなっている。廉価なものであればよしとする潤いのない暮らしが蔓延しているのだろうか。それでも、月に一、二度ではあるが、個性的なものを求めてご来店になるお客様がある。今日は、そんな日であった。先ず、最初にカイトウさんがご来店になり、「ミティーラ」と呼ばれる絵を買って下さった。それは、ここ五年ばかり、誰にも注目されない商品であった。ネパ‐ル南部から北印度の国境付近にかけて住むマイタリー族のアートであり、巨匠ピカソの絵にも似て伸びやかで楽しげなもので、手漉き紙に描かれている。次にご来店下さったのは、サイトウさんである。サイトウさんは、アフリカの泥染め布のコピーと、キャメルランプを買って下さった。コピーではあるが、黒と白の幾何学模様のこの布に注目されるのは、かなりのセンスの持ち主である。また、キャメルランプは、駱駝の内臓の皮膜から作られたものである。これも、久々に売れた商品であった。■ペルーのFinger　dollはひとつひとつ手編みで作られたもの。　男に女、牧師、リャマやコンドルもいるが、ライオンやこうもりもいて、両手足の２０の指にはめてもまだまだ足りないようだ。　自分がよしとして仕入れたものが売れた日は、世の中が、少し良い方向に向かっているような嬉しい気分になるのである。その後にご来店になったペアのお客様も、石鉢と五徳を買って下さり、今日は、最後まで気分の良い日であった。げんかつぎではないが、最初のお客様で、その日に売れる商品の方向性のようなものが決まるような気がするのである。カイトウさんとサイトウさんのお蔭か、今日は、久々に良いものが売れた日であった。こだわって生きることの大切さを、お客様に教えて頂いた楽しい日でもあった。</description>
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<pubDate>Mon, 01 Sep 2008 20:21:02 +0900</pubDate>

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<title>　言葉への意欲</title>
<description>貝を加工した箸置きが二つ、水牛の角から作ったレンゲが二つ、切子のぐい呑みが一つ。その人は、そんな買い物をされながら、「此の頃、物欲が無くなったわ。若い頃は、なんでも欲しかったのに。物欲だけでなく、いろんな欲が薄れてしまったわ。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　欲があるというのは若いという証拠ね。」「そうですね、私も随分、欲が無くなりました。」「貴女はまだお若いから、そんなことないでしょう。」「いいえ、もう、駄目です、本当に。」年に、二、三回ほど、来店してくださるそのお客様との会話は、そんな切り口から始まった。「でも、不思議なことに、言葉への意欲だけは衰えないのよ。あなたもそうじゃない？。」■寺院で鳥を放ち、功徳を得る、そのためのもの、と聞いてもう何度か買い付けている鳥篭。　そして、楽しさ溢れるこのカゴを心弾ませて買っていく客・・・どちらも素敵で魅力的。心が温まる。今までの短歌結社の他に、新しい結社に入会されたというその人は、「これは業なのよ。もう、死ぬまで離れられない業なのよ。」と、コロコロとお笑いになった。新たに入会したのは、佐々木幸綱の「心の花」だという。今までの結社に対する遠慮や恩義のようなものもあり、それはそれとして続け、新しい結社の中では、別の自分を掘り起こしたいのだという。そのことを、その人は、「言葉への意欲」という言葉で表現されたのであった。それは、物欲でも色欲でもない別の欲望である。表現欲とでもいうのだろうか。死の寸前まで、衰えそうにない欲望である。それがあるから、元気に生きられる。それがあるから、たやすくは呆けられない。それがあるから沢山の本を読む。健康にも気を使う。そのお客様に指摘されて、私にも同じような欲があることに気が付いた。また、そのことのために、日々、苦しんでいることにも気が付いた。けれどもそれは、決して止められないものであることにも・・・・・。</description>
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<pubDate>Mon, 25 Aug 2008 16:20:46 +0900</pubDate>

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<title>　縄文の台所</title>
<description>暮らしの手帳に瀬戸山玄さんの「縄文の台所」の連載がはじまった。第３５号の今回は連載の皮切りである。瀬戸山さんは、食や自然など、世の中の不具合を鋭い感覚で見抜かれ、警告され続けてきた優れたルポライターである。今回の発信源は高山市であり、その為、身近な人達も登場し、今後の展開が楽しみである。初回の案内役は、中学生でヤジリ５千個を集め、大学時代、「天職は料理人、ライフワ‐クは考古学」と誓い、藤森栄一賞を受賞された割烹料理「あんらく亭」のご主人、吉朝則富さんである。■パキスタンの砂漠の入り口の村から２時間、陶器の村で見つけたとバイヤーが話すこのフリットウェアー。焼のあまさにゆるい手描きが楽しくて、大切に大切に使う。きっとその村に流れる時間そのものなのだろう。ぺ‐ジを繰ると、その吉朝さんの手料理が、「夏の縄文ごはん」として、写真付で掲載されている。縄文クッキー、いのししの干し肉、岩魚と鮎の串焼き、山菜サラダ、炒り地蜂、などなど、デザートや酒もある。所謂、縄文のフルコースである。酒は、山葡萄の実を潰して大量に漬け込んだ赤ワインである。それは、主に神に捧げたものだが、私は、その赤い酒に幻惑された縄文の女を思い浮かべた。あんらく亭の大フアンである私には、その料理と酒に幻惑されて、数知れぬ失敗を繰り返してきた過去があるからである。　</description>
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<pubDate>Mon, 18 Aug 2008 14:02:41 +0900</pubDate>

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<title>三つ子の魂</title>
<description>幼馴染の房ちゃんから本が届いた。京都大学名誉教授である笠原三紀夫氏の書いた＜エネルギ‐と環境の疑問＞という本である。前表紙に一点、裏表紙に五点、房ちゃんの版画　（シルクスクリ‐ン）がカラ‐で掲載されている。また、各章の区切りには、同じ作品がモノクロで彼女のコメントと共に掲載されている。添えられた手紙によれば、インタ‐ネットで彼女の版画を見た笠原氏が、作品制作の根本思想と本出版の根本思想が一致することに気付き、固い話のディ‐ブレイクとして、掲載させて欲しいと要望されたということであった。■メキシコのトナラ焼きには身近な動物をかたどった物が多くあり、その背中には、草や花、虫や獣など、奇想なモチーフが用いられて描かれている。　私の好きなこの大きな猫も背中に白い鹿を背負っているが、この飛騨の地で何を想っているのであろうか。手紙の中で彼女は、洞爺湖サミットの生ぬるさを指摘し、目先しか見ない人達をエゴの固まりだと指弾している。彼女の版画制作のテ-マは、「地球の環境保全と世界平和への祈り」であるという。「純粋だなあ」私は、子供の頃の房ちゃんを思い浮かべた。一寸法師の真似をして遊んだ時、房ちゃんはそのたらいの船で都に辿りつけると思っているらしいふしがあった。可愛らしい人であった。代情房子　作品HP　　・・・　純粋さを保つ人間の深淵を覗くことが出来ます。　　　　</description>
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<pubDate>Sat, 09 Aug 2008 16:37:42 +0900</pubDate>

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<title>ハスと男と二人の女</title>
<description>午前六時半、然る寺院の伽藍に座る。大学教授を退いた男が、第二の人生を凌ぐために始めた研究の意義や成果を拝聴する為だ。また、日本の最高学府を極めたこの友人の脳の内部を探る目的も絡んでいる。口の中の粘液を採取し、ＤNA解析により飛騨人のル‐ツを探るという彼の研究は、己の根源を探るという意味では文学的であり、長閑であり、憎めないものである。元々、男と女の結合に由来する研究には、エロスの香りが潜んでいる。まなじりをあげて戦闘的になる必要もなく、さりとて、寝物語に堕する必要もない。彼によれば、飛騨人のル‐ツは琉球系縄文人だという。彼の話を聞きながら、私は私のル‐ツに思いを馳せた。私を生んだ母を思い、父を思った。私は、父と母との情熱的な思いの結実であろうか。それとも、惰性的な行為の結実であろうか。私を支える血は、如何なる人を掻い潜った血であろうか。もしかしたら、人さらいや泥棒や極悪人の体内を流れてきた血かも知れない。しかし、どうであろうとも、私は血の継続によって存在している。■インド・カシミール地方の民芸品　ペーパーマッシュの小箱の柄のように、細かな花柄がひとつひとつ手書きされた椅子。この木製の折りたたみ椅子を車に積んで思うままに走り、どこかの木陰でチャイでも飲みたい。優しい話を難しくし、難しい話を優しくする彼の頭脳の冴えは見事である。彼の口から軽々と飛び出す知識の欠けらは、聴衆を魅了する。彼はチンパンジ‐の遺伝子、即ち設計図は、人間とほぼ同じであると述べた。だから、チンパンジ‐にも極楽があってもいいと力説した。盛大な拍手を得て、彼の講義は終わった。伽藍に下がる瓔珞を揺るがすごとき拍手であった。彼を崇拝するという友人のSも、力いっぱい手を叩いていた。私も、少し気後れしつつ手を叩いた。帰り際、そのSを寺院の裏にあるハス池に誘った。早朝のハス池には、極楽浄土を具現するかのような美しい桃色のハスが咲いていた。チンパンジ‐にも極楽があってもいいと力説した彼の極楽とは、如何なるものだろう。私は、彼を最も崇拝するというSの顔を見た。Sは、極楽に舞うという天女のような眼差しで、ハスに見入っていた。あどけなさの漂う彼女にも琉球系縄文人の血が流れているのであろうか。「一万年前の大賀ハスの花はどんな花だったんだろうね。」とSが言い、「花弁が尖っているのが大賀ハス。」　と私は答えた。話は人のルーツから蓮のルーツに及び不思議な朝であった。</description>
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<pubDate>Sun, 03 Aug 2008 14:20:42 +0900</pubDate>

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<title>奇縁まんだら</title>
<description>日本経済新聞に連載されていた瀬戸内寂聴の＜奇縁まんだら＞が本になった。２１名の作家との関りを書いたものであるが、横尾忠則の筆になる肖像画が、一人の作家に対して、一枚から三枚も付いていて、この本に鬼に金棒的な精彩を与えている。寂聴という作家の目と横尾という画家の目で捉えたもの物書きの凄さが、面白く表現されている。有髪の頃からの様々な出会いが、八十歳を越えた達意の筆で初々しく書かれている。■グァテマラの木彫りの動物はこれでもかというほど強い色彩で、何の用途もないが傍にあると何かしら元気をもらう気がする。　　私が面白いと感じたのは谷崎潤一郎である。彼は終生、艶を求めて生きた作家であった。千代婦人を佐藤春夫に譲り渡したり、人妻であった松子夫人に夢中になり、何年もかけて手に入れるなどした話はあまりにも有名である。しかし、動じることなく、恥じることなく、不倫を貫いた。　寂聴が憧れの谷崎に対面できたのは、既に枯れ果ててしまったと見られる老人の頃であったが、その時、谷崎は指のない手袋を嵌めていた。それは、松子婦人を傍らに置きながら、最後の想い人といわれた渡辺千万子が編んだものであった。死の前年のことである。</description>
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<pubDate>Sun, 27 Jul 2008 20:27:50 +0900</pubDate>

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<title>独標を這う</title>
<description>　　　　　　　　　　＜　バンダナにて頭部を包むこの吾は蝸牛(エスカルゴ)かも　独標を這う　＞　西穂高岳の山小屋で買った赤いバンダナで頭部を包み、岩場を登る。目交には、覇者の如くそそり立つアルプスの峰々がある。頂上への通過点である「独標」というケルンのような岩山の岩に手を掛け、そろそろと登る。目の前にはピラミッドと呼ばれる小山があり、その前方にもよく似た形の小山があり、アップダウンを繰り返しながら、難行の果てに、西穂高岳の頂上に到達することが出来るらしい。独立峰だといわれる山の岩にしがみ付いていると、地球がさかさまになったような感覚を覚え、その山に張り付いたまま方向を見失った＜蝸牛＞になったような錯覚を抱いた。■そうそう売れるものではないのに買い付けてしまうタイのヘンプ（大麻麻）糸は乾いたような素材感が良い。　日本ではその成長の速さから産着に麻の葉柄が多いが、タイでは如何に・・・７月１５日の火曜日、山岳ガイドのＯ氏と二人、西穂高岳の独標に登った。Ｏ氏によれば、その日は、めったに無い登山日和とのこと。どの山もしっかり見えて、心地よい風も吹いていた。当初私は、山小屋まで行くことが出来れば十分だと思っていたが、快調な滑り出しのまま好調を維持し、独標の頂きに立つことが出来た。　　「嬉しい、嬉しい、嬉しい」私は子供のように「嬉しい」を連発して喜んだ。それは久々に味わった達成感であり充足感であった。今度はどの山に登ろうか・・・などと、四方にそそり立つ山の名を、Ｏ氏に尋ねたりした。　帰途、尾根道の傍らで、衣替えしたばかりの雷鳥の雄に出会った。　這い松の実を啄むホシガラスにも出会った。　キヌガサソウ、ゴゼンタチバナ、ベニバナイチゴ、・・・など、愛らしい花々にも出会った。　人への想いが募り、　寂しさを凌がねばならない時、　登山がいいと密かに思った一日であった。</description>
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<pubDate>Sun, 20 Jul 2008 16:46:03 +0900</pubDate>

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